12. 幌内線幌内駅

〈位置〉 終着駅

〈開業〉 明治15年11月18日(一般駅)
    →昭和47年11月1日(貨物駅)
    →昭和62年7月12日(廃止)

〈乗車客数〉 #(不明)

〈概要〉

大変に歴史が古く、明治初年に幌内地区で発見された大炭鉱から石炭を搬出するために敷設された"官営幌内鉄道"に起源を発するという。明治15年の開業は全国的にもトップクラスの早さ。三笠―郁春別間の開業は明治21年で、"幌内線"という線名からもわかるように本来は三笠―幌内間のほうが"本線"格であったが、昭和47年に突然旅客営業が打ち切られ、逆に(貨物)支線に降格されている。しかし、その後も北炭幌内礦の石炭搬出に活躍し、三笠―幾春別間が昭和56年に貨物取扱いを廃止した後も廃線(昭和62年)まで貨物駅としての役割を全うした。なお、北炭幌内礦は2年後の平成元年に閉山となっているが、もう少し早まっていれば、恐らくこの貨物支線だけ一足先に廃線ということになっていたはずだ。
国土地理院発行の地形図を見ると、支線区間は周囲に山が迫っており、狭く細長い谷間状の盆地に(炭鉱関連の)住宅が結構密集していることがわかる。岩見沢市内にも近く、旅客密度は三笠―幾春別間と大差なかったと思われるが、早い時期に旅客営業を止めたのは、貨物との関係で列車運用上の問題があったのかもしれない。実際、三笠駅から幌内方面に向かう列車は、一旦岩見沢方向に戻ってスイッチバック方式に出発しなければならなかったという(分岐ポイントが三笠駅の手前にあるため)。昔はこちらが本線格だったはずなのに不思議な構造だ。また、三笠―幌内間が2.7kmと短かったのも災いしたと思われる。貨物取扱いの関係上、駅構内はかなり広かったと思われるが、どうやら旅客ホームは駅舎側の一面のみ(晩年)であったらしい。なお、この土盛りのホームは貨物駅化の後も撤去されなかったようで、そればかりか当時の写真を拝見すると、凡そ必要もないのに小さな駅名標まで残されていて、"一般駅"の往時を彷彿とさせる趣があったようだ。(画像提供 / ミック氏)




時刻表をみると、昭和39年頃10往復もあった三笠―幌内間の旅客列車は、漸減して最晩年はわずか2往復半にまで落ち込んでいるのがわかる(上:交通公社の時刻表・昭和47年3月号)。貨物列車も晩年は1日4往復程度で、当時既に出炭の8割はトラック輸送に替わっていたという。また、この区間に関しては、廃止直前に4日間だけ、実に15年ぶりの旅客列車となる"さよなら記念列車"「快速ほろない号」(小樽―幌内間1往復)が運転され、有終の美を飾った。
 なお、三笠―幌内間(三笠起点1.2km)には"幌内住吉"という小さな中間駅もあった。昭和25年に最初、仮乗降場として設置されたらしいが、正式な開業は昭和33年で、昭和40年には早くも無人化されているので、"有人駅"の期間はわずか7年程度。加えて昭和47年の貨物支線化の際に一足早く廃止されており、入場券は10円券(最終額面券)が確認されているが、極めて稀少なためかなり高額で取り引きされている。最近、昭和30年代の駅舎写真(モノクロ)を掲載しているHPを見たが、かなりモダン(風変わり?)な造りだったようだ。


〈その後...〉

貨物駅化の年代が古いため、残念ながら私自身この駅に降り立った経験がないことはもちろん、晩年も支線になっていたことが災いして、訪問・観察の機会は全くなかった。廃線から16年余が経っているが、いろいろな鉄道関連の書籍・インターネットなどの情報によると、現在でも全線でレール・ホーム等の遺構が部分的に残っているとのことである。幌内駅跡は"三笠鉄道記念館"となっており、鉄道資料・車両等の展示の他、機関車(S−304号)が動態保存されており、4〜10月の間(土日祝日夏休み)旧構内の線路(全長450m)を使って実際に運転が行われているらしい。また、幌内住吉駅のホームも一部確認できるようなので、興味のある方は是非Web検索をお勧めしたい。

 最近、当HPにメールを頂戴したミック様から20年程前(貨物駅時代)の幌内駅の写真画像(トップから計3枚すべて)を送っていただきました。感激の極みです。氏の御好意によりこれらを紹介させていただくことにします。

◆ミック様、本当にありがとうございました。


* "栄町仮乗降場"について

全く関係はないが、幌内線には岩見沢―萱野間に"栄町"という仮乗降場があった。札鉄局管内(国鉄時代)の仮乗降場は札沼線の於札内・日高本線の東町や以前紹介した胆振線の尾路園など数えるほどしかなく、ちょっと珍しい存在だ。この仮乗降場の場合は、岩見沢市内で周辺人口が割合に多く、地元の長年の請願によって設置されたものだが、 昭和57年開設(55年とするデータもある)のため存在期間はわずか5年、正式な駅に昇格(昭和62年4月1日)後3ヶ月で廃止という短命に終わっている。幸い写真が残っていたので、ついでに紹介しておきたい。コンクリート製?の長く立派な造りは、仮乗降場としては恐らく道内一の規模ではなかっただろうか。


〈幌内駅のきっぷ〉

普通入場券 20円券(昭和41年発行・コピー)。貨物駅化の後も縮小した形で出札営業(きっぷの発売)は行われていたと思われるが、入場券の発売は昭和47年10月31日が最終日付で、30円券(大人小児用)まで確認されている。終着駅の硬入は現地購入しやすいためか比較的残存枚数が多いのが普通だが、(旅客)無人化年代が古く、人気もあって売買相場はやや高めだ。また、昭和62年には廃止記念としてポピュラーなD型券の他、B型通常様式の140円券が発売されたという情報もあるが、(幌内で)実際に駅売りがあったかどうかは不明(いずれもやや疑問)。実物を見たことがないので、お持ちの方は是非画像・情報をお寄せ下さい。

 FUJINO様によると、廃止間際、幌内駅(現地)では明治期の模刻記念硬券入場券と「三笠(岩見沢・札幌)から幌内ゆき」の硬券乗車券、往復硬券、オレンジカードなどは発売されていたものの、通常様式の140円硬券入場券や「幌内から**ゆき」などの乗車券の発売はなかったとのことでした。

◆FUJINO様、今回は色々と本当にありがとうございました。


〈幌内駅のスタンプ〉

幌内駅に備えられていた駅スタンプ。図案から見て、廃止間際に設置されたもの("さよなら列車"の運行期間限定か)と思われる。