13. 千歳線東札幌駅

〈位置〉 苗穂―月寒間

〈開業〉 大正15年8月21日(一般駅)
    →昭和48年9月9日(貨物駅)
    →昭和61年11月1日(廃止)

〈乗車客数〉 #(不明)

※最初にお断り。本駅は札幌近郊区間にあるため、資料はないものの一般駅時代はかなりの乗降量があったと思われる。"小さな駅"の範疇には入りにくいかもしれないが、昭和48年に旅客営業を廃止している(乗車客数0)ので、特別に採り上げさせていただくことにした。ご了解願いたい。

〈概要〉

現役時代は札幌から数えて2つ目の駅で、大抵の人は都心の通勤駅という印象が強いと思われるが、昔から札幌都市圏の物流拠点として元々貨物取扱量の多い駅だったようだ。近年、旅客・貨物輸送量の増大とともに千歳線の役割が重要視されるようになり、線路の曲線率の緩和と複線化の必要性から、昭和48年、苗穂―北広島間の線路付け替えが行われることになり、旧線部分は東札幌・月寒の両駅が貨物駅として存続することになった。この際、大谷地駅は廃止、本線は1つ先の白石分岐に変更されている。さらに昭和51年には月寒駅も廃止され、東札幌だけが残される形になった。これより先、昭和43年には新札幌・貨物駅(白石起点3.0km・旧大谷地駅付近?現在の新札幌駅とは別物)が開業しており、札幌都市圏の貨物取扱いは徐々にそちらの方へ集約されていったと思われる。そして、民営化も間近い昭和61年にはとうとう東札幌駅も廃止、新札幌・貨物駅は昭和48年7月、"札幌貨物ターミナル"に駅名を変更して現在に至っている。


東札幌駅でもう1つ思い出されるのが、"定山渓鉄道"の分岐駅になっていた点だ。(右:交通公社の時刻表・昭和44年5月号) 定山渓鉄道は大正7年の開業で、白石から東札幌を経て定山渓に至る29.9km。木材・鉱石(豊羽鉱山)の輸送や定山渓温泉への観光客輸送に活躍し、昭和32年には札幌駅まで乗り入れて自前の急行列車を走らせるなど、都会型の私鉄として一時代を築いた。昭和42年頃、札幌市営地下鉄(南北線)建設の計画が浮き彫りにされて、一部区間が平行することが判明し、都市圏特有の踏切問題なども絡んで廃止の方向が決まり、昭和41年10月31日をもって全線廃止となっている。
なお、晩年の時刻表をみると、18往復のうち東札幌駅に停まるのは9往復だけで、半分は自線内最初の駅である"豊平駅"が始発・終着というダイヤであった。(当時、東札幌―豊平間が非電化だったのが原因らしい。)この時期、定鉄は札幌駅―定山渓駅間を約30分間隔でバスも走らせており、既に鉄道への輸送依存度は低下していたようだ。


〈訪問記〉(澤田氏寄稿文より)

貨物駅化年代が古いうえ、本線から外れていることが災いして、私自身はこの駅のことをよく知らなかった。 17年前(貨物駅時代)の写真を拝見すると、廃駅前後までホームも残っていた模様で、駅舎も往時の雰囲気が感じられて大変に趣深い。残念ながら現在、駅跡はすべて撤去されて完全な平地になっているとのことで、今や都心部の一角を占める広大な敷地は平成9年に国鉄精算事業団から札幌市へ売却されており、静かに再開発を待っているという状況だ。

 当HPによく情報を頂戴している澤田様(当時東札幌駅の近くに在住)から、滝里駅に続き、廃止1年程前の東札幌駅の様子や写真画像(トップから計5枚すべて)を送っていただきました。再度、氏の御好意によりこれらを紹介させていただくことにします。


「東札幌駅は86年10月31日で廃止になっていますが、現在でも日本通運など旧千歳線時代の遺物を周辺に見る事が出来ます。写真を撮った当時は東札幌駅でS切符、Q切符、乗車券、特急券などが購入でき、みどりの窓口チックな事もやっておりました。手元に切符はありませんが、実際に『札幌―倶知安』の乗車券、急行券を購入致しました。発行は東札幌でした。旅客は昭和48年9月8日限りですが、61年10月には『東札幌発、さよなら胆振線の旅』という胆振線沿線の味覚を楽しみながら循環急行"胆振"と同じルートで運行される列車がありました。乗車しなかった事が悔やまれます。あくまでも噂の段階ですが、旅客が見込める事から手宮線と一緒に旧千歳線も旅客復活という話を15年位前に聞いた事があります。また、東札幌駅廃止後、札幌ドーム建設の候補地になっておりました。結局どちらも実現していません。  画像では分かりづらいかもしれませんが、多分ですが規模としては現役当時とあまり変わらなかったんではないかと思います。ホームですが駅側のみ残っていたと記憶しております。更に前の記憶になりますが、昭和55年頃は、駅舎側しか使用されていませんでしたが、長いホームが2〜4面程あり、友達とかくれんぼをした憶えがあります(現役時代の貨物用、定山渓鉄道用のホームかもしれません?)。駅周辺には倉庫群がかなりありました。またヤード内に石炭が積み上げられている所があり、なぜかその周辺でクワガタが良く捕れました。」




◆澤田様、いつもありがとうございます。


〈東札幌駅のきっぷ〉

普通入場券 30円乗入併用券(昭和48年発行)。前述のように、貨物駅化の後も縮小した形で出札営業(きっぷの発売)は行われていたが、入場券の発売は昭和48年9月8日が最終日付とされている(最終額面券は30円券)。”キップマニアの不思議な世界”「プレミアの付く条件」で紹介したように、乗入併用券の登場は昭和48年8月ということになっているので、発売期間が極めて短いはずにもかかわらず、不思議なことにオークションで見掛けるのはこの併用券ばかりだ。但し、乗入併用券の発売開始時期に関しては、日高三股駅長氏のHP(「秘境日高三股へようこそ!」)によると、昭和48年8月以前から試験的にスタートしているケースがあり、廃止間際の"駆け込み購入"も含めて、発売枚数にかなり偏りがあることは否めない。当然"白券"の30円券も多数存在するはずだが、なぜか1度も見たことはない。お持ちの方は是非画像・情報をお寄せ下さい。