(特別企画)【九州の連絡乗車券に関する考察】


1.はじめに

 別の鉄道・船舶会社路線に乗り継ぐ場合に、あらかじめ相手方区間の乗車船運賃も収受し、まとめて目的地まで1枚の券としたものを"連絡乗車券"という。出札の側から見ると発券の手間が省け、旅客の側から見ると切符購入の手間が一度で済むというメリットはあるが、必然的に会社間の運賃清算などが煩雑になることが多く、どちらかと言えば"旅客へのサービス"としての意味合いが強い。国鉄では"連絡運輸規則"(「連規」昭和25年)及び"連絡運輸取扱細則"などによって扱える連絡乗車券類や連絡運輸区間が定められており、無制限に発売できるというわけでもなかった。鉄道全盛の時代は、たくさんの鉄道・バス・船舶会社間で非常に多種多様な連絡乗車券類が設定されたが、地方中小私鉄の廃止や急速な自動券売機の普及などによって、最近では特に"硬券"を見掛ける機会は少ない。JRの時代に入っても一応"連絡運輸"の体制は継続しているものの、全体的には縮小の傾向にあり、乗車券類のバラエティもかなり乏しくなっている。しかし、国鉄末期以後は既に"軟券化"している駅などで「硬券の口座は臨時用を除けば社線連絡乗車券のみ」というところも多く、意外な所で意外な様式の券("金額式"はむしろ稀)が発売された実績もあり、なかなか興味深い。そこで、このページでは特に国鉄晩年からJR化後の九州地区の硬券を中心に、連絡乗車券の様式とその設備状況などについて紹介してみたいと思う。

[九州地区(国鉄・JR)の連絡運輸の状況]

 昔はたくさんの社線(鉄道・バス・船舶)との間で連絡運輸契約が結ばれていたが、中小私鉄の相次ぐ廃止により、現在では福岡市交通局・島原鉄道・南阿蘇鉄道・平成筑豊鉄道・松浦鉄道・くま川鉄道・肥薩おれんじ鉄道・西日本鉄道・北九州高速鉄道(モノレール)・甘木鉄道・ジェイアール九州バスの11社に縮小しており、発売券種や連絡運輸区間も"定期乗車券のみ"や "JR側は幹線のみ"など制限も多い。また、残念ながら今も硬券が残っているのは島原鉄道・南阿蘇鉄道の2社のみで、少し前までは福岡市交通局・松浦鉄道・西日本鉄道・ジェイアール九州バスなどでも硬券が発売されていた時期もあるが、現在では自動券売機や補充券で対応しているところがほとんどだという。
 なお、国鉄・JRと各社との連絡形態は大部分が「相互連絡運輸」で、現存する連絡乗車券類を見ても「国鉄(JR)->社線」と「社線->国鉄(JR)」の両方が大体セットで見受けられる。(当然のことながら、券の様式は前者が"国鉄様式"、後者が"社線様式"となる。) また、連絡形態にはこの他「通過連絡運輸」(他社区間を挟んで自社区間に戻る場合)や「多社連絡運輸」(3社以上にまたがる場合)があり、補充券等(軟券)では現在でも発売可能なケースもあるが、九州の場合、これらの"硬券"(常備式・準常備式)は非常に稀であったとみられる。


2.福岡市交通局

 昭和58年3月、国鉄筑肥線の博多―姪浜間が廃止となったのを機に、国鉄と"地下鉄1号線"との間で相互・通過連絡運輸(姪浜・博多接続)が設定された。地下鉄側は開業時から自動券売機による磁気エンコード券(軟券)しかないが、国鉄側では当初一部の駅で硬券も発売された。現在はすべて軟券化されている。

(1) 筑肥線浜崎駅

 地下鉄線各駅向けには最初、「浜崎から**円 (姪浜)->地下鉄線**円区間」という金額式の硬券(B型赤地紋)が発売されたが、浜崎駅が昭和60年1月に一旦無人化(簡易委託化)されたために様式変更となった。"乗車券簡易委託発売基準規程"第6条では"簡易委託"で発売できる範囲を「国鉄線内相互発着」に限定しており、規程に基づいて連絡乗車券の発売を中止したところ、姪浜駅での精算が急増して問題になった経緯から、特例として"(ム)連絡乗車券"が復活したという。新しい券は"一般(併記)式"で、下記の加布里・一貴山の券に酷似しているが、左肩にちゃんと(ム)の記号が入っていた。しかし、結局この様式も短期間で終了し、昭和63年9月以降は「地下鉄線の自動改札機に対応した磁気エンコード用紙に発売駅・日付印をスタンプする手売り軟券(現行)」に移行している。(ほぼ同時期に福吉以西の鹿家・虹ノ松原・和多田・西唐津の各駅でも同様の措置が採られた可能性が高い。) また、その他に博多接続の"通過連絡"券もあり、こちらは最後まで準常備式のD型硬券(青地紋)だった模様で、竹下〜久留米と箱崎〜門司港の2口座が確認されている。もちろん、JR九州の硬券が全廃された平成7年7月以降は、これらも軟券化されたはずだが様式などは不明。


(2) 筑肥線加布里・一貴山駅

 両駅共に昭和47年2月10日に一旦無人化されており、いつ頃から硬券が復活したのかは不明だが、昭和61年10月に筆者が訪問した際は、駅舎内の出札口で地下鉄線各駅向けに下のようなB型の連絡券が発売されていた。いずれも(ム)の記号はないので"簡易委託券"ではないようだが、なぜか"一般式"で、両駅共に大人小児用3種、小児専用4種の他、小児断線のない「天神・地下鉄博多 箱崎宮前間ゆき」があった。これはたぶん乙片を設けるスペース不足が原因だろうが、門司印刷で"B型の3駅併記式・(ム)券でない大人専用券"はかなり稀と思われる。また、単記式の「箱崎九大前ゆき」は既に旧様式で、昭和60年11月に地下鉄2号線が延伸開通したため、間もなく「箱崎九大前 貝塚ゆき」の新券が出た可能性が高い。その後、これらの"一般式"は遅くとも平成2年7月までには通常の"金額式"に変更されたこともわかっている。なお、この2駅については、当初から(博多接続)"通過連絡"の常備券・準常備券(硬券)は設備されなかった模様。




(3) 姪浜駅(接続駅)

 原則として"客扱い"は福岡市交通局が行っているため、"地下鉄地紋"の各種連絡乗車券類が発売されている。いずれも国鉄・JR様式に似ているが、当初から"門司印刷"ではなく、大半が別の印刷会社の調製である可能性が高い。地下鉄各駅向けは当然、自動券売機の磁気エンコード式軟券のみだが、博多接続の"通過連絡"券は変わっていて、下関より東は準常備式D型硬券(〜広島市内〜東京都区内向けの2口座?)なのに、鹿児島本線の竹下〜久留米及び箱崎〜門司港・下関・香椎線・篠栗線・筑豊本線向けはなぜか"地図式"硬券で設備されていた。口座数を減らすための苦肉の策とみられる。最初は大人小児用のA型券だったらしいが、筆者が昭和62年3月に姪浜駅の地下鉄線定期券売場を訪ねた際は、ほぼ同じデザインのB型券に変更になっており、大人専用券のみ10種以上の口座を確認している。小児については補充券(軟券)で対応するとのことであった。この"地図式"硬券がいつ頃まで売られていたのかはよくわからないが、現在はすべて常備式の軟券に切り替わっている模様。




(4) 筑肥線のその他の駅

 比較的乗降量の多い直営駅・業務委託駅のうち、今宿・周船寺・筑前前原・筑前深江・東唐津・唐津の各駅は、地下鉄線との相互乗入れ(昭和58年3月)を機に自動券売機が設置されており、自線内の近距離区間の他、地下鉄各駅向けの連絡券も最初から磁気エンコード式の軟券であったとみられる。しかし、概ね博多接続の"通過連絡"だけは硬券で対応した模様で、竹下〜久留米と箱崎〜門司港間の準常備式D型券の他、今宿では「水巻 黒崎間ゆき」「小倉ゆき(博多・幹線経由)」などの常備券(B型)まであったという。
 移転により既に軟券化されているはずの東唐津駅には、最後までたくさんの硬券が残っていたらしく、平成6年頃の時点で「室見 藤崎間ゆき」「天神 博多ゆき」など地下鉄各駅向けのB型連絡券が4種、これはなぜか"一般式"(大人小児用)で、加布里・一貴山などが"金額式"に変更されているのとは対照的だ。その他、西唐津駅に箱崎〜門司と竹下〜久留米の準常備式D型券2種、福吉駅に筑前新宮〜門司の準常備式D型券、また、昭和47年2月10日に一旦無人化されている波多江駅でも、晩年には地下鉄各駅向けの"金額式"硬券4種と海老津〜門司港の準常備式D型券があったこともわかっている。
 なお、筑前深江など一部の駅では、普段は券売機で対応するものの、臨時用(?)に(地下鉄各駅向けを含む)数種類の"金額式"硬券を置いたところがあり、また、各駅共時期により口座の新設・廃止があった可能性も高いので、残念ながら正確なところはよくわからない。

※ その後の調査で、唐津駅にも東唐津駅同様の地下鉄各駅向けのB型一般式連絡券があったことがわかりました。唐津駅は自動券売機の導入により、昭和58年3月から少なくともJR線内は軟券化したことがはっきりしていますので、(A)地下鉄連絡だけは硬券で処理した、(B)臨時用に一部の硬券も残した、(C)別棟の旅行(営業)センターのようなところで売られた、のいずれかが考えられます。しかし、当時、唐津駅は高架化により駅設備を一新したばかりですので、(A)中途半端な軟券化も(B)金額式以外の臨時設備も(C)東唐津駅の説明がつかないことも、筆者にはちょっと解せません。この辺りの事情をご存知の方は、是非ご一報下さい。ちなみに、平成5年頃唐津駅発行の「天神 博多間ゆき」(B型一般式硬券)には、わざわざ「この乗車券は係員にお渡し下さい」というゴム印が押されていたようです。


(5) 鹿児島本線などの各駅

 福岡市交通局との連絡運輸契約により、門司港〜久留米間の各駅では博多接続で地下鉄線各駅向け及び筑肥線・唐津線向けの"通過連絡"乗車券を発売できることになっているが、こちらは当初からほとんどが軟券(補充券)であり、特に「地下鉄線各駅ゆき」の硬券は一度も目にしたことがない。わずかに、"通過連絡"で海老津駅に「浜崎 和多田間ゆき」「唐津 西唐津ゆき」、折尾駅に「姪浜ゆき」などの常備券があったことはわかっており、他にも各駅で準常備式D型券の存在は想像されるが、未だ実例には遭遇していない。また、同様に香椎線・篠栗線・筑豊本線(直方-筑前山家間のみ?)からの連絡券もあり得るが、硬券が存在したかどうかは微妙なところだ。


3.島原鉄道

 現在でも硬券の連絡乗車券が発売されている数少ない私鉄の1つで、国鉄時代にはに多くの駅で色々な種類の常備券・準常備券を目にすることができたが、現在ではJR側がすべて軟券化されている一方、社側もかなり設備を縮小しているという。

(1) 国鉄・JRの各駅

 島原鉄道との契約では、国鉄(JR九州)・社共に全線区間を連絡運輸の対象としているが、さすがに南九州地方の硬券設備は稀で、現存する券の大半は九州北西部の(中規模)駅に集中している。とりわけ、同じ長崎県内の長崎本線・大村線沿線では、西諫早、長与、道ノ尾、浦上、諏訪、竹松、川棚、早岐など、JRの時代に入っても常備式B型連絡券や準常備式D型券を設備する駅がたくさんあり、道ノ尾駅には「島原ゆき」「南島原ゆき」「島原外港ゆき」など、浦上駅では「吾妻ゆき」「神代町ゆき」「多比良町ゆき」「島原ゆき」「島原外港ゆき」など少なくとも5種類の常備券・準常備券があったという。


(2) 島鉄の各駅

 周知の通り、本鉄道は平成20年3月に島原外港―加津佐間(有人駅は深江・有家・北有馬の3駅)が廃止となり、現在、出札業務を行っているのは、本諫早・島原・南島原の3直営駅と愛野・吾妻・多比良町・島鉄本社前・島原外港の5委託駅だけになったものの、今でもこれらの駅では硬券のJR連絡乗車券が設備されているものと思われる。多くの着駅は準常備式D型券(淡青色自社地紋)で処理していると考えられるが、愛野・島原外港など一部の駅では、主要駅向けに「長崎ゆき」「大村ゆき」などの常備券(A型赤地紋一般式)もある模様。また、島鉄湯江(平成12年無人化)など一部の駅では、昭和50年代半ばを過ぎても2等券時代の"D型補片"が残っており、国鉄連絡券に使用された痕跡がある。さらに昔は"C型補往"もあった(下)が、こちらはいつ頃まで発売されたのかよくわからない。島鉄の硬券は門司印刷のものに比べるとかなり薄手で紙質が悪い、いわゆる"半硬券"に近いものが多いが、連絡券だけは少し厚めで、様式も概ね同時代の国鉄券に準拠しており、JRに入ってからは[九]の記号までそっくりに印刷されているという。(実券をお持ちの方は是非画像をお譲り下さい。) その他、「近藤書」にはD型準常備式の"大三東から島原観光汽船経由西鉄(大牟田駅前〜西鉄福岡)向け多社連絡"2等乗車船券が掲載されているが、これは珍品である。現在でも、JR向け以外の「社->社」連絡券が残っているかどうかはちょっと疑問だ。

※ その後の調査で、平成9年8月より島原港と三池港(大牟田市)を結ぶ"島鉄高速船"が就航しており、現在も西鉄天神大牟田線・西鉄バス路線向けの「社->社」連絡切符が発売されているようです。但し、この連絡券(軟券?)が島鉄各駅から"通し"で発売されているかどうかなどはよくわかりません。

※ 関西乗車券研究会によると、本諫早駅では昭和58年の時点で"D型補片"及び"C型補往"の国鉄連絡券(各小児用のみ)がまだ設備されていたとのことです。("C型補往"(大人用・小児用)が売れ残っている駅は他にもあった模様。) また、準常備式の国鉄連絡券は長距離でもA型券が多く、むしろD型券は少なかったといいます。さらに、「島鉄は南海電鉄・別府鉄道などと共に、等級制廃止以後も補充式国鉄連絡券を硬券で残した数少ない私鉄の1つで、したがって島鉄には等級表示のある軟式の補充連絡券は存在せず、昭和50年頃になって漸く軟券化が始まったこと」も併せて教えて頂きました。JR化後の連絡券(片道)については、常備式・準常備式共に初期は茶色がかった券紙で、その後精白な光沢のあるものに変更されたようです。「社->社」連絡については、平成3年頃「加津佐から西鉄各駅ゆき」(航路経由・D型準常備券)、平成5年頃「西有家から鬼池港(天草下島)ゆき」(航路経由・発駅補充A型常備券)、同じく平成5年頃「南島原から鬼池港ゆき」(航路経由・発駅補充B型常備券)が確認されています。


4.南阿蘇鉄道

 平成7年6月の"JR九州硬券全廃"までは豊肥本線各駅にもたくさんの硬券が設備されていた模様だが、現在では唯一、南鉄高森駅にのみ硬券のJR連絡乗車券(数種)があると言われている。但し、高森駅には既にダッチングマシンがなく、特に平成20年以降の設備状況ははっきりしていない。("硬入"は確認済み。「九州の私鉄入場券に関する考察」参照。)

(1) 国鉄・JRの各駅

 南阿蘇鉄道との契約では、国鉄(JR九州)側の連絡運輸区間が豊肥本線の宮地―熊本間に限定されているため、当然のことながら、それ以外の区間の発駅では硬券・軟券にかかわらず連絡券というものは存在しない。分岐駅の立野(無人駅)には最初から硬券はなかったが、肥後大津駅に「高森ゆき」、竜田口駅に「加勢ゆき」「阿蘇下田ゆき」「阿蘇白川ゆき」、水前寺駅に「高森ゆき」(大人小児用及び小児専用)、また武蔵塚駅では「長陽 加勢ゆき」「阿蘇下田ゆき」「中松ゆき」「阿蘇白川ゆき」「見晴台 高森ゆき」と5種類もの一般式B型常備券が確認されている。さらに、D型の準常備式連絡券が宮地駅にあったこともはっきりしており、その他、南鉄中間駅向けの準片は他の各駅にも設備されていた可能性が高い。なお、これらの券には「立野経由」または「南阿蘇鉄道経由」と印刷されたものと経由表示の全くないものがある。恐らく無表示のものが後期仕様と思われるが、なぜ経由欄を廃止したのかなど詳細は不明。


(2) 南鉄の各駅

 昭和61年4月の開業時から沿線で出札業務を行ってきたのは終点の高森駅のみであり、自社線内は自動券売機または整理券方式の軟券しかなく、豊肥本線(宮地―熊本間)向けの国鉄・JR連絡乗車券のみを硬券で発売してきた経緯がある。この南鉄の硬券は、やはり門司印刷のものに比べるとかなり薄手で紙質が悪く、一応常備式はAサイズだが、社章入りの派手なデザインのため、国鉄券に慣れた筆者にはちょっと違和感を感じる。また、準常備式もDサイズの国鉄(JR)様式に似せてはあるが、青色の自社紋様「MINAMI ASO RAILWAY」も活字配置もかなり大雑把で、まるで"おもちゃの切符"のよう。開業時には「肥後大津ゆき」「竜田口ゆき」「水前寺ゆき」「熊本ゆき」(なぜかすべて"瀬田経由"と印刷)の一般式大人小児用常備券4種と南熊本までの準常備券1種があったことがわかっているが、その後、需要の少ない「竜田口ゆき」と「水前寺ゆき」はまとめて4着駅(新水前寺・水前寺・東海学園前・竜田口)の"片矢式"に変更されたらしく、さらには「宮地ゆき(赤水経由)」の一般式常備券と肥後大津・水前寺・熊本までのAサイズ常備往復券3種も新設された模様。しかし、前述の通り、JRの軟券化と高森駅のダッチングマシン廃止という背景から、これらの硬券は今や風前の灯火となっている。
 なお、余談だが、筆者のコレクションには"阿蘇下田城ふれあい温泉駅"(旧阿蘇下田・平成5年8月改称)発と思われる2種類のAサイズ相互式の自社線内向け硬乗がある(下)。ダッチングや鋏痕などが一切ないため、南鉄本社発売の"改称記念券"のようなものなのか、駅付属の温泉施設などで実際に旅客用に発売されたものなのか、よくわからない。ご存知の方は是非ご一報下さい。


※ その後、筆者が実際に高森駅を訪れて確認したところ、上記豊肥本線(宮地―熊本間)向けのJR連絡乗車券は平成21年11月現在もまだ発売されており、券のデザインもほぼ昔のままでしたが、残念ながら用紙がかなり薄手の"半硬券"(下)に変更されていました。(ちょっとがっかりです...。) また、準常備券が廃止された代わりに、運賃別すべての着駅向けに連絡片乗が設備されており、連絡往復券(数種)も含めて十数種の口座を確認しました(すべて準A型の半硬券)。これらは一応ちゃんとした"乗車券箱(硬券差)"に収められていましたが、案の定ダッチングマシンはなく、日付印字は"検札印"式(券を挟むタイプ)のゴム印で行われています。


5.平成筑豊鉄道

 旧筑豊炭鉱群の赤字ローカル線のうち、田川線・伊田線・糸田線を第3セクター化した鉄道会社だが、文字通り"平成"元年10月に開業した比較的新しい路線のため、最初から乗車券類(自社線内・連絡乗車券類)のほとんどが軟券(自動券売機・整理券・補充券等)で処理されている。筆者も、同社関連の"硬券"はないと思っていたが、極わずかながら硬券が発売された実例があることがわかった。但し、現在ではすべて軟券で対応している由である。

(1) JRの各駅

 平成筑豊鉄道との契約では、JR九州側の連絡運輸区間が、筑豊本線、後藤寺線、日田彦山線、日豊本線の小倉―大分間、鹿児島本線の門司港―鳥栖間、篠栗線、香椎線、久大線の夜明―日田間に限定されているため、当然のことながら、それ以外の区間の発駅では硬券・軟券にかかわらず連絡券というものは存在しない。また、需要はありそうなのに"通過連絡"の取扱いもしないことになっているので、例えば「飯塚から田川伊田(平成鉄道線)行橋経由中津ゆき」のような連絡券は、旅客の申し出があっても発売できない。上記の各駅共に社線連絡のほとんどは補充券等で処理しているのは間違いないが、香春(日田彦山線)など一部の駅では田川伊田接続のD型準常備式連絡券が確認されている。さらに、田川後藤寺駅にはなんと硬券の常備券(数種?)もあったらしく、専門誌で見掛けてびっくりしたが、これは紛れもなく珍品である。画像を掲載できないのが残念だが、「田川後藤寺から**円 田川伊田->平成鉄道線**円区間」という小児断線のない"金額式"(B型赤地紋)で、上記筑肥線の地下鉄連絡券に比べると、字体や矢印などデザインがかなり違っている。田川後藤寺駅はもともと平成筑豊鉄道との接続駅だが、旧田川線方面に行く場合、金田経由では相当な大回りになるため、特別にこのような券が設備されたものと思われる。現在は既に軟券化されているはずだが、どうような券式になっているかは不明。

※ その後、筆者は上記の「JR->社線」連絡硬券(平成3年9月発行)を入手しました(下)。JR九州の地紋様が入っており、門司乗車券管理センターの調製に間違いないようです。

※ その後の調査で、筑豊本線奥洞海駅にも上記のような「JR->社線」連絡券があったことがわかりました。やはり小児断線のないB型赤地紋金額式の硬券で、接続駅は"直方"だったようです。


(2) 平成筑豊鉄道の各駅

 かなりの路線が廃止されたとはいえ、この辺り(筑豊地方)の鉄道網は結構入り組んでいるうえ、北九州市に近く人口も割合に多いため、例えばJR小倉駅・黒崎駅などへの連絡券の需要は結構あるはずだが、当初から連絡常備券(硬券)の設備はなかったらしく、現在でも専ら自動券売機・補充券(軟券)で対応しているという。同社のホームページによると、開業時は勾金・油須原・豊津の各駅も有人だったようだが、現在は直方・金田・田川伊田・田川後藤寺・犀川・行橋の6駅に縮小しており、しかも、これらすべての駅で終日出札を行っているわけではなさそうだ。何か情報をお持ちの方は、是非お知らせ下さい。

※ 関西乗車券研究会刊「第三セクター乗車券図録」によると、平成筑豊鉄道の主要駅には開業当初、窓口手売りの常備JR連絡券があったことがわかりました。これは連綴式の小型軟券(金額式)のようですが、間もなく廃止されてしまったようです。


6.松浦鉄道

 全長93.8kmにも及ぶ旧松浦線を第3セクター化した鉄道会社だが、平成筑豊鉄道と同様、改元間近い昭和63年4月に転換開業した比較的新しい路線のため、やはり最初から乗車券類(自社線内・連絡乗車券類)のほとんどが軟券(自動券売機・補充券等)で処理されている。しかし、かなり以前からMR佐世保・たびら平戸口などの硬入(A型)は知られており、かつては確かに国鉄・JR連絡の"硬券"も存在した模様。但し、現在ではすべて補充券等で対応しているという。

(1) JRの各駅

 松浦鉄道との契約では、JR九州(国鉄)側の連絡運輸区間が、佐世保線、筑肥線、大村線、長崎本線の佐賀―長崎間、唐津線と博多・小倉両駅に限定されているため、当然のことながら、それ以外の区間の発駅では硬券・軟券にかかわらず連絡券はあり得ない。その他"通過連絡"の扱いもあり、一応社線全区間が対象となっているようだが、現実的には伊万里―有田間のみで、伊万里―たびら平戸口―佐世保回りはほとんど需要がないと思われる。上記の各駅共に社線連絡のほとんどは、やはり補充券等で処理しているとみられるが、早岐など一部の駅では佐世保接続のD型準常備式連絡券も確認されている。現在は既に軟券化されているはずだが、様式等についてはよくわからない。


(2) 松浦鉄道の各駅

 長大路線ながら"無人駅"が圧倒的に多く、現在、出札を行っているのは57駅中、有田・伊万里・松浦・たびら平戸口・佐々・佐世保中央・佐世保の7駅のみとみられるが、残念ながら、今ではすべての乗車券類が軟券化されているという。しかし、開業から暫くの間は硬券の国鉄・JR連絡券もあったことは確実で、たびら平戸口駅では「伊万里経由 姪浜ゆき」のA型一般式常備券が確認されており、他に早岐・大村・長崎方面などにも常備券または準常備券(A・B・D型硬券)が設備されていた可能性が高い。何か情報をお持ちの方は、是非ご一報下さい。なお、"硬入"だけは従来通り、今もたびら平戸口・佐世保の2駅で発売されているものと思われる。

※ 関西乗車券研究会刊「第三セクター乗車券図録」によると、やはり松浦鉄道の主要有人駅には当初、常備国鉄(JR)連絡券(A型で100kmまでは赤地紋、100km以上は青地紋)及び準常備国鉄(JR)連絡券(D型青地紋)が設備されていた模様です。


7.くま川鉄道

 平成筑豊鉄道と同じ平成元年10月に旧湯前線を転換開業した第3セクター会社で、やはり当初から券売機・整理券方式が導入されていたが、主要駅では一貫して硬券の設備もあり、すべての有人駅に自動券売機が設置されている現在でも、自社線内の片乗・往乗に限り、旅客の求めに応じて硬券を発売しているという。沿線で出札を行っているのは、人吉温泉(旧・人吉)・相良藩願成寺・あさぎり(旧・免田)・多良木・湯前の5駅だが、人吉温泉・あさぎり以外の3駅は早朝・夜間と土日・祝日が無人で、最近は硬券の口座も縮小傾向にあるらしいが、各駅共に平成20年代の日付も印字可能なダッチングマシンが残っているようなので、今暫くの間は硬券がすべてなくなる心配はない模様。しかし、なぜかJR連絡の常備券(硬券)は一切なく、当初からすべて補充券及び自動券売機で対応しているとのことで、最近ではJR九州側の連絡運輸区間も肥薩線の段―真幸間、鹿児島本線の熊本―八代間に縮小されている。「熊本ゆき」や準常備券の需要くらいは十分ありそうなのに、最初から硬券が全くないならばともかく、ちょっと意外な感じだ。
 ちなみに、"くま鉄"の硬券はすべてAサイズに準じた自社紋様「KUMAGAWA RAIL ROAD」の赤地紋(以前は黄地紋?)半硬券で、活字のバランスや中央に"よしのぼり"(魚)をデザインした印象などが"南鉄"の券によく似ており、同じ印刷会社調製である可能性も高い。また、以前は多良木・湯前両駅に黄地紋の硬入もあったらしいが、現在は設備されていない模様。

※ 関西乗車券研究会刊「第三セクター乗車券図録」により、開業当初、くま川鉄道の免田・湯前駅には案の定「熊本ゆき」「八代ゆき」の常備連絡券(A型黄色自社紋様で最初は"一般式"、その後"矢印式"に変更)があったことがわかりました。


8.肥薩おれんじ鉄道

 九州新幹線の部分開業に伴い、鹿児島本線の八代―川内間を平成16年3月に受け継いだ比較的新しい第3セクター鉄道で、出札方式や券の様式に関しては当初からJR九州の影響を強く受けており、通常の自動券売機・整理券の他、有人の各駅で常備式の手売り軟券(乗車券・入場券)が発売されている。現在、八代・日奈久温泉・肥後田浦・佐敷・水俣・出水・西出水・野田郷・阿久根・川内の10駅で出札が行われているが、硬券の設備は一切なく、JR連絡券はすべて自動券売機と補充券で対応しているという。JR側の連絡運輸区間は、鹿児島本線の玉名―新八代間及び川内―鹿児島間と博多駅、九州新幹線区間、肥薩線の八代―人吉間、三角線、指宿枕崎線の鹿児島中央―指宿間、豊肥本線の肥後大津―熊本間、 日豊本線の国分―鹿児島間と割合に広範だが、当然のことながら(?)"通過連絡"の設定はない模様。
 なお、余談だが、本鉄道は開業時から全く硬券を発売しなかったというわけでもなく、実は開業記念・新駅設置記念などで、たびたび硬入や硬乗を限定で発行している。中でも、平成17年に出た"開業1周年記念"の入場券セットはかつての国鉄・JR九州の硬入(B型)と非常に酷似しており、マニアを驚かせた。活字タイプやレイアウトがあまりに似ているので、筆者などは「廃棄されずに残っていた旧門司乗車券管理センターの印刷機や活字を10年ぶりに復活させたのではないか」と思ったほどだ(真偽は不明)。また、他にも黄色自社紋様のA型一般式硬乗(自社線内のみ)も発行されているが、やはり国鉄・JR様式に似たしっかりした造りで好感が持てる。愛好家の需要も少なくないと考えられるので、一部の券だけでもそのまま常備化してほしかったと思う。


9.西日本鉄道

 西鉄(天神)大牟田線は国鉄(JR)鹿児島本線と大体同じような経路を運行しているが、南端の大牟田のみが共同使用駅となっており、昔から同駅を接続駅として連絡乗車券類が発売されてきた。並行する西鉄福岡―大牟田間とJR博多―大牟田間の相互連絡はほとんど需要がないと考えられるため、現在、JR側の連絡運輸区間は鹿児島本線の荒尾―熊本間に限られており、西鉄側が自動券売機のみ、JR側が西鉄福岡・西鉄二日市・西鉄久留米・西鉄柳川・太宰府ゆきのみ、必要に応じて補充券などで対応していると思われる。また、以前は、少なくとも鹿児島本線の熊本―鹿児島間も連絡運輸区間に含まれていた模様で、西鉄福岡・西鉄柳川・(西鉄)大宰府各駅発行の「熊本ゆき」(下)「鹿児島ゆき」国鉄連絡乗車券(A型青地紋一般式)や中間駅向けのD型準常備券も確認されている。これらの券は少なくとも昭和53年10月まで発売されたことは確実だが、いずれにしても西鉄の"硬券"は非常に珍しいので、研究に値する。詳しい設備状況などをご存知の方、また実券をお持ちの方は是非お知らせ下さい。

※ 関西乗車券研究会によると、西鉄では少なくとも昭和58年末頃まで上記の国鉄連絡券(A型常備式・D型準常備式)が発売されていたとのことです。(筆者も昭和58年10月発行の「西鉄二日市から熊本ゆき」を見つけました。) また、この他に大牟田市内バス->島原観光汽船(現在は島鉄高速船)経由の島鉄各駅向け専用連絡券("D型補片"の「連絡乗車船券」)がかなり大昔から設備されていたこともわかっており、近年でも昭和59年頃に西鉄柳川駅で大人用・小児用の2種が確認されています。

※ その後、筆者は平成3年8月発行の[九]「玉名から西鉄柳川ゆき」を入手しました(下)。国鉄(JR)から西鉄への連絡常備券もあまり見掛けませんので、珍品の部類に入るのではないでしょうか。競合する区間ですので、他に「(西鉄)太宰府ゆき」くらいはあったかもしれませんが、「西鉄福岡ゆき」などを常備していたかどうかは少し疑問です。また、この「西鉄柳川ゆき」についても、かつては"佐賀線"(昭和62年廃止)に"筑後柳河"という駅がありましたので、国鉄時代は設備されていなかった可能性も考えられます。

※ その後、上熊本駅(鹿児島本線)にも上記と同様の西鉄連絡券があったことがわかりました。B型赤地紋一般式(発売当日限り有効)の「西鉄福岡ゆき」「西鉄久留米ゆき」とA型青地紋一般式(発売日共2日間有効)の「西鉄二日市ゆき」の3種が確認されていますが、"西鉄二日市"より遠方の"西鉄福岡"が"発売当日限り有効"となっているのはいかにもおかしなことで、恐らく「西鉄福岡ゆき」は"ミス券"であろうとのことでした。

※ さらにその後の調査で、以前は[西鉄福岡・国鉄博多]接続の鹿児島本線博多以東向けの国鉄連絡券(少なくともD型準常備式)が存在したこともわかりました。


10.北九州高速鉄道(モノレール)

 平成60年1月に開通した都市型のモノレール線(小倉―企救丘間)で、平成10年4月にはJR小倉駅ビル内に乗り入れるようになったため、JR九州との間で連絡運輸契約が結ばれており、社側からは鹿児島本線の門司港―博多間及び日豊本線の西小倉―柳ヶ浦間向けに連絡乗車券も発売されている模様。「社->JR」はすべて自動券売機による対応で、「JR->社」は必要に応じて補充券等を発売するのかもしれないが、よくわからない。しかし、特に片乗の需要はほとんどないと考えられる。モノレールなど最近の新都市交通は、開業時から自動券売機や印刷発行機を完備するところが多く、硬券はおろか手書き補充式の軟券類すら置かないケースが目立ち、切符マニアにとっては面白みに欠ける。首都圏ではマニア向け(?)に硬入などを置くところもあるが、地方ではそうした配慮も稀で、本鉄道も例外ではない。


11.甘木鉄道

 九州の赤字ローカル線の中では比較的早く、昭和61年4月に第3セクター化した路線で、当初から終点の甘木駅でのみ出札を行っている。しかし、甘木駅には自社線内向けの自動券売機があるのみで、最初から硬券はおろか補充券等もなかった模様。他は、起点の基山駅や西鉄からの乗り換え駅である小郡駅も含めて完全に無人化されており、専ら整理券方式で対応しているという。現在、JR九州との連絡運輸は定期券のみで、この他、甘木駅には「基山からJR線向け」の自動券売機もある模様だが、これは連絡券ではないので、乗り継ぐ場合は社・JR別々に2枚講入することになるらしい。第3セクターとしては古いほうだが、かつて「JR->社」の連絡券(硬券)が発売された形跡もなく、他に特筆すべき点もない。


12.JR九州バス

 JR九州のバス路線は、民営化後暫くは"九州旅客鉄道自動車事業部"(通称:JR九州バス)の管轄だったが、平成13年には登記上別会社("ジェイアール九州バス"=JR九州100%出資の子会社)の扱いとなったため、鉄道<->バス間の連絡乗車券も一応、この範疇に入ると思われる。とは言え、現在では、両社間の連絡運輸は定期券のみの扱いに縮小されており、硬券はもちろん軟券の連絡券すら存在しないという。しかし、平成7年までは、多くの(鉄道・バス)駅に極めて多種多様な連絡硬券が設備されていたことがわかっており、これらは厳密には"連絡乗車券"ではないが、ついでに紹介しておく。

(1) JR九州の各駅

 JRの時代に入っても、鉄道->バス連絡券を設備する駅は非常にたくさん知られており、実際のところ、そのすべてを網羅することはなかなか難しい。しかし、JR九州に限ったことでもないが、近年のバス路線は基本的にワンマンの"整理券"方式を採っている場合が多いため、特に鉄道駅(出札窓口)における需要はあまりないと考えられる。旅客側も、あらかじめ乗車券を講入しなくても特に不都合なことはないため、「駅でバスの切符が発売されていることを知らない」人も多かったようだ。
 少例だが、肥前山口駅(長崎本線)には、武雄温泉接続のJR九州バス・嬉野線「嬉野温泉ゆき」のB型一般式常備券があった。下の券は国鉄時代のものだが、JRの新券が出たこともわかっている。「嬉野温泉ゆき」は、他にも長与駅(長崎本線)や竹松駅(大村線)でも確認されており、(昔は)比較的需要が多かったのかもしれない。また、日豊本線の東別府・大分(南口の[8]出札窓口)・高城・鶴崎・大在の各駅には、幸崎接続のJR九州バス・佐賀関線「佐賀関ゆき」「佐賀関高校ゆき」などがあったことも判明している(下)。他にもたくさんの駅で多くの口座が存在したのは確実だが、残念ながらほとんど把握できていない。様式的には、B型赤地紋一般式常備券とD型青地紋準常備券が多いとみられる。これらのバス連絡券は、既に鉄道線向け自動券売機が設置されて近距離片乗(金額式)が廃止された後も口座が維持されており、駅によっては"最後に残った硬券"であることも少なくない。


※ 余談ですが、かつては"鉄道駅の出札窓口"でバス路線(全く鉄道を経由しない区間)の硬乗を発売するケースも結構あったようです。幸崎駅(日豊本線)には、平成7年までJR九州バス・佐賀関線向けのD型準常備券がありました(下)。また、吉都線小林駅にはJR九州バス・宮林線の「野尻町ゆき」「宮崎ゆき」、瀬高駅(鹿児島本線)にはJR九州バス・山鹿線の「大根川ゆき」「野町赤坂ゆき」「野町ゆき」「筑後原町ゆき」「物見塚ゆき」「北関ゆき」「南関ゆき」「山鹿温泉ゆき」のB型常備券があったことがわかっていますが、やはり平成7年には口座が廃止され、路線自体も宮林線が平成16年4月、山鹿線が平成18年3月に廃線となったようです。


(2) JR九州バスの各駅

 やはり知らない人も多かったようだが、バス路線にもれっきとした"駅"と呼ばれる施設(一般的には"バスターミナル"と認識されているもの)があり、ちゃんと出札窓口もあって、かつては鉄道駅とほぼ同様な乗車券類の発売管理が行われていた。JR九州バスの場合、バス路線区間はB型赤地紋金額式常備券(小児断線がなく大人小児を区別しない)が多かったようだが、バス->鉄道連絡の常備券はやはり近距離でも一般式が採用されており(当日限り有効ならばB型赤地紋、2日以上有効ならばA型青地紋)、必要に応じてD型青地紋の準常備券も置かれていた模様。これらの乗車券には「バス」や「自動車」などの識別文字がない場合も多く、一瞥しただけでは鉄道専用券と区別できないものが少なくない。また、乗車券の調製は鉄道用と同じ印刷場(門司乗車券管理センター)で行われたため、当然のことながら、デザイン上の類似点も多い。
 JR九州バス・佐賀関線の佐賀関駅には、幸崎接続「大在ゆき」「鶴崎 高城ゆき」「大分ゆき」(大人小児用及び小児専用)、「別府 別府大学ゆき」「臼杵ゆき」「津久見ゆき」「佐伯ゆき」のB型常備券(赤地紋)と「戸畑 小倉 門司間ゆき」のA型常備券(青地紋)の他、「大分->小倉」のA型常備自由席特急券やD型準常備自由席特急券・D型準常備急行券まで設備されていた模様。しかし、筆者が平成7年3月に出向いた際は、既に"売り切れ"の口座もあり、残りも同7月には全廃された。ちなみに、佐賀関線自体も平成15年4月には廃止となっている。
 JR九州バス・嬉野線の嬉野温泉駅は、恐らく九州で最も口座数の多かったバス駅で、彼杵・武雄温泉接続の鉄道連絡B型常備券(赤地紋)が「ハウステンボスゆき」「北方 大町ゆき」など15種、A型常備券(青地紋)が3種の他、やはりA型・D型自由席特急券などもあったという。また、JR九州バス・加治木線の蒲生町駅にも、帖佐接続「国分ゆき」「鹿児島ゆき」「西鹿児島ゆき」のB型常備券などがあったらしいが、一足早く平成3年4月より停留所化されている。その他、直方線(自)直方駅・同宮田町駅・同福丸駅・宮林線日向高岡駅(平成16年4月廃止)・同野尻町駅(同)・国分線桜島港駅・同垂水中央駅・臼三線野津駅(平成19年4月廃止)・嬉野線(自)武雄温泉駅などでも硬乗が発売された形跡はあるが、いずれもバス専用のB型金額式片乗が主体で、鉄道連絡券はなかった模様。


13.JR西日本

 厳密にいうと、"親戚関係"にあるJR他社との連絡乗車券類は「連規」の対象外だが、恐らくは両社間の運賃清算の問題などから、民営化直後より境界線の両サイドで特殊様式の連絡券(正確には"他社関連"の近距離片乗の硬券)が発売されたことがわかっているので、ついでに紹介しておく。

(1) JR九州の各駅

 少例だが、戸畑駅にJR西日本連絡の「幡生ゆき」「綾羅木ゆき」「新下関ゆき」など、新中原駅に同「幡生ゆき」などのB型一般式常備券が確認されている(下)。これらの近距離区間は、民営化前ならば当然、自動券売機による軟券または通常の金額式硬券で処理されたはずなので、JR他社連絡用に特別に設定されたものと考えられる。JR発足直後から北九州地区を中心に設備されたのは間違いないが、発売駅や連絡範囲など、どれ位の規模で行われていたのかはよくわかっていない。中でも戸畑駅北口([11]出札窓口・平成11年廃止)は、当時まだ自動券売機が設置されていなかったので、最も口座数の多い出札口の1つだった。下の2枚はまだ国鉄「JNR」地紋だが、「JR」地紋の新券も出たことははっきりしており、恐らく平成7年の硬券全廃まで口座が維持された可能性が高い。しかし、門司駅北口([6]出札窓口)など、同様に券売機がなくて、以前からB型金額式の近距離硬券が発売されていたにもかかわらず、これらの券を全く発売しなかったところもある。その場合は、JR九州の通常券(金額式硬券)で代用したのかもしれないが、詳しいことはよくわからない。


(2) JR西日本の各駅

 (1)とは逆に、JR西日本各駅からJR九州各駅向けの近距離連絡常備券が存在したこともわかっており、やはり硬券はB型一般式で、少例ながら山陰本線の綾羅木駅に「西小倉ゆき」「南小倉ゆき」など、同黒井村駅に「門司ゆき」「門司港ゆき」などがあったことは確実(下)。恐らくは、他にも同様の口座を持つ駅が多数あったのではないかと思われるが、残念ながらほとんど確認できていない。下の4枚もすべて国鉄「JNR」地紋だが、「JR」地紋の新券(広島印刷)は出た可能性が高い。しかし、券番は順に[0015][0023][0006][0012]で、一般旅客の需要はほとんどないと考えられるうえ、平成3年10月には広島乗車券管理センターも廃止されたため、果たして大阪印刷の新券が出たかどうかは微妙なところだ。


※ その後、"白坂"氏からメールを頂き、綾羅木駅に「門司ゆき」の口座もあったことがわかりました(左下)。しかも、この券は「JR」地紋の新券(広島印刷)ですが、券番は[2054]とかなり大きく、ちょっと意外でした。ちなみに、他に氏が所有されている「西小倉ゆき」は上記の券と全く同じ「JNR」地紋ですが、"62.12.-4."の日付で券番が[0130]であることから、この(7ヶ月)間"2日に1枚"程度の売り上げだったこともわかります。当時、綾羅木駅に自動券売機が設置されていたかどうかは定かではありませんが、自社(JR西日本各駅)向けの近距離硬乗も設備されていた模様で、こちらのほうは案の定すべて"金額式"だったようです(右下)。

◆"白坂"様、貴重な資料を本当にありがとうございました。


14.その他

 既に廃止となったが、昔は国鉄との間で連絡乗車券の発売を行った私鉄、及び現在はJR九州との間で連絡運輸契約を結んでいないが、かつては硬券の連絡券を発売した実績がある鉄道・船舶会社について、筆者の知る範囲で簡単に紹介しておく。

(1) 九州商船

 現在、長崎・佐世保と五島列島を結ぶ航路と島原湾内のフェリーを運航する船舶会社で、以前は国鉄・JR九州との間で連絡運輸契約が結ばれていたが、平成19年4月頃に廃止となった模様。詳細な連絡運輸の範囲は不明だが、少なくとも三角〜島原間のフェリー航路は連絡対象区間だったことがはっきりしており、水前寺駅(豊肥本線)にB型赤地紋一般式の「三角・九商経由 島原港ゆき」常備券が確認されている(昭和63年頃)。ちなみに、この航路は平成5年に熊本〜島原間が就航したことに伴い、旅客の減少から"(有)三角島原フェリー"に引き継がれ、結局、平成18年8月に廃航となっている。また、今のところ「社->国鉄(JR)」の連絡券(特に硬券)は全く見掛けないが、平成16年12月に廃止された種子島航路では、直前まで種子島西之表港に硬券の乗船券(A型?)があったことがわかっており、その他の航路でも十分に可能性はあると思われる。

※ その後の調査で、昔、同社の三角〜大浦航路の大浦港(天草上島)で実際に硬券の国鉄連絡券(少なくともD型補片)が発売されていたことが判明しました。同航路は天草五橋の開通(昭和41年9月)により廃止となったのは確実ですが、具体的な廃航時期や券の設備状況等についてはよくわかりません。何か情報をお持ちの方は是非お知らせ下さい。

※ 関西乗車券研究会刊「きっぷ探求第36号」によると、九州商船の国鉄・JR連絡券は、上五島航路の有川港・榎津港・小値賀港、下五島航路の福江港、種子島航路の西之表港、三角・島原航路の島原港、三角・天草・長崎網場航路の本渡港・柳港など非常にたくさんの港で、かなり古い時代から1等券や異級乗車券、急行券などを含む多種多様な券式が存在したことがわかりました。近年の例では、平成3年頃「島原港から熊本ゆき」(A型青地紋常備券)、連絡運輸廃止頃「福江港から博多ゆき」(A型青地紋常備券)、連絡運輸廃止頃「有川港から博多ゆき」(A型青地紋常備券)が確認されています。[九]の記号入りのJR連絡券は種類が少なく貴重とのことでした。


(2) 江崎汽船

 戦前から牛深〜水俣間の航路を運航し、最盛期には牛深〜本渡、本渡〜島原間にも航路を伸ばしていたが、やはり旅客の減少から副業の石油販売事業の方がメインとなり、平成16年3月に船舶事業を"水俣高速船"に譲渡したものの、結局、同社も平成18年8月に廃業となっている。牛深〜水俣間は、昔から国鉄(JR)との連絡運輸対象となっていた模様で、牛深港(天草島)には最近まで水俣接続の「八代ゆき」「熊本ゆき」「大牟田ゆき」「久留米ゆき」「福岡市内ゆき」「北九州市内ゆき」のA型青地紋一般式連絡券(硬券)が発売されていたという。また、やはり国鉄(JR)側の詳細な連絡運輸範囲は不明だが、平成元年頃発行の券には「水俣・博多・山陽・東海経由 東京都区内ゆき」なども見受けられる。しかし、平成16年3月に"水俣高速船"に移行した後は「JRとの連絡運輸契約は継続しているものの発券は停止」状態になったらしく、平成16年8月頃を最後にこれらの硬券も姿を消したとのこと。今のところ「国鉄(JR)->社」の連絡券も見つかっていない。


(3) 高千穂鉄道

 平成元年4月から営業を開始した第3セクター(旧高千穂線)で、やはり当初から自動券売機及び整理券方式による軟券が主体であったが、延岡・日之影温泉・高千穂の3有人駅には(一時期)硬券の設備もあったことがわかっており、自社線内の片乗と硬入(各B型緑色自社紋様)の他、初めの頃はD型の指定席券(「たかちほ」号)まで設備されたという。当然、JR連絡の硬券もありそうだが、今のところ確認できていない。一方、「JR->社」については、高鍋駅に「高千穂ゆき(延岡経由)」のA型青地紋一般式連絡券の存在が判明している(下)ので、日豊本線のその他の駅にもなんらかの設備があった可能性は高いが、JR側の相互連絡範囲など詳しいことは不明。なお、周知の通り、本鉄道は台風14号による架橋・路盤流失のため平成17年9月より休止となり、復旧の目途が立たないまま20年12月に正式廃止となった。九州の中でもとりわけ趣のある路線だっただけに惜しまれる。

※ 関西乗車券研究会刊「第三セクター乗車券図録」によると、高千穂鉄道では開業当初、A型常備式及びD型準常備式のJR連絡券(緑色自社紋様)が設備された模様で、その後「宮崎神宮・南宮崎まで」のD型常備往復連絡券も確認されています。また、常備券は途中から券の紙質が"精白で光沢のある(ツルツルの)もの"に変更されたとのことです。


(4) 鹿児島交通

 沿革や社線内の乗車券については「九州の私鉄入場券に関する考察」を参照下さい。枕崎線の正式な廃止は昭和59年3月18日だが、その前年の6月21日には豪雨災害のため一時全線不通となり、7月1日から日置―加世田間のみ運行を再開したものの、両端の区間(伊集院―日置及び加世田―枕崎)は代行バス連絡のまま廃線を迎えている。やはり昔から国鉄との間で相互連絡運輸が行われていたようだが、具体的な連絡範囲や"通過連絡"の扱いがあったかどうかなど詳しいことは不明。社線内の硬乗は非常にたくさん見掛けるが、国鉄との連絡券は比較的稀で、昭和50年代前半の券を見ると「伊集院経由 西鹿児島ゆき」などがA型青地紋一般式で確認できる。また、これら近距離区間の連絡券は、晩年には自社線内と同じB型赤地紋の半硬券(発売当日限有効)に変更されたらしく、鉄道が分断された昭和58年7月以降も加世田駅などではそのまま形で発売された模様。さらに、「国鉄->社」の連絡券(硬券)があったこともはっきりしており、出水駅(鹿児島本線)・串木野駅(同)・上伊集院駅(同)発行の(伊集院接続)A型青地紋一般式常備券やD型青地紋の準常備券が見られるほか、枕崎接続で指宿枕崎線各駅などにもたくさんの口座があったことは確実と思われる。

※ その後、筆者は昭和56年3月発行の「西鹿児島から日置ゆき」を入手しました(下)。西鹿児島駅北?口([20]出札窓口)の発行とみられますが、常備券(B型赤地紋一般式)はちょっと意外な感じで、経由表記(「伊集院経由」)が省略されているのも気になります。ひょっとしたら"国鉄バス"の乗車券では?とも思いましたが、調べた限りでははやり「国鉄->社(鹿児島交通)」の連絡券と考えてよさそうです。「日置ゆき」が設備されていたならば、他に「伊作ゆき」「加世田ゆき」などもあった可能性は高いと考えられます。


(5) 南海郵船

 鹿児島交通と同じく"いわさきコーポレーション"のグループ企業で、現在は"大隅交通ネットワーク(株)"という社名になっている。今は鴨池港(鹿児島市)〜垂水港間のフェリーのみだが、平成14年までは山川〜根占間の他、廃止年は不詳ながら鴨池〜鹿屋間、鹿屋〜指宿間にも「きんこう」という小さな高速船を運航していたという。昔は自航路内の乗船券にもA型硬券を使っていたようだが、現在はすべて軟券化されている。また、以前は国鉄との間で連絡運輸契約も結ばれており、鹿屋港出札口には少なくとも昭和50年代の後半までD型補片の国鉄連絡券があったこともわかっている。その他、鹿児島交通への「社->社」連絡券(A型硬券)などもあったらしいが、いつ頃廃止になったのかは不明。なお、鹿児島には他に"鹿児島商船""鹿児島郵船"など紛らわしい船便会社もある(あった)が、それらの中にも昔国鉄との間で連絡運輸を行っていた所があり、やはり一部は硬券も設備されていた模様。("照国郵船"の古仁屋港(奄美大島)など)

※ 関西乗車券研究会によると、「九州商船・江崎汽船以外の連絡航路では平成以降に硬券(連絡券)の設備はない」とのことでした。また、最南端の硬券連絡券設備駅は、戦前は(台湾を別にすると)大阪商船の那覇港、戦後は鹿児島郵船の亀徳港(徳之島)である可能性が高いことも併せて教えて頂きました。


(6) その他

 その他、古い廃止路線では"日本鉱業佐賀関鉄道"(下・昭和38年5月廃止)、"大分交通豊州線"(昭和28年10月廃止)、"大分交通宇佐参宮線"(昭和40年8月廃止)、"大分交通国東線"(昭和41年4月廃止)、"大分交通耶馬渓線"(昭和50年10月)に少なくとも「社->国鉄」連絡券があったことがわかっている(「九州の私鉄入場券に関する考察」を参照)。 多くはA型常備券またはD型の準常備券・補充券とみられるが、あまりにも例が少ないため、詳細は不明。同様に、「宮崎交通」(昭和37年廃止)、「熊延鉄道」(昭和39年廃止)、「山鹿温泉鉄道」(昭和40年廃止)などにも硬券の国鉄連絡券があった可能性は高いが、まだ実物を見たことはない。何か情報をお持ちの方は是非教えて下さい。

※ 関西乗車券研究会刊「きっぷ探求第133号」に熊延鉄道の「御船から東京都区内ゆき」(A型常備券)及び御船からの"D型補片"並びに佐俣・砥用発着の"C型補往"国鉄連絡券が掲載されていました。やはり、同様の券は他の中小私鉄にも設備されていた可能性が高いと思われます。

※ さらに、"初心者"様に送って頂いた切符の画像の中に、左のような宮崎交通の"D型補片"(2等国鉄連絡券)を見つけました(昭和36年発行)。子供の国駅は、この直後に国鉄日南線に移管され、昭和46年10月に無人化されています。また、日本鉱業佐賀関鉄道のD型補片(国鉄連絡券)も同じ印刷会社による類似様式であったことが、その後の調査で判明しています(「(特別企画)【"幻の軽便" 日本鉱業佐賀関鉄道】」を参照)。

※ 余談になりますが、筆者は先日下図のような軟券を入手しました。一見、"大分交通宇佐参宮線"の補充式国鉄連絡乗車券のようですが、発行日付が昭和53年1月で既に廃止から13年を経ており、"鉄道駅"として発売されたものでないことは明らかです。廃駅跡にできた"大分交通宇佐八幡バスターミナル"内の出札口で発行されたものと推測できますが、現在はそれも廃止されているため真偽の程はわかりません。しかし、この券は古い"2等券"の流用と考えられますので、鉄道時代の宇佐八幡駅で使用されていたものである可能性はあります。なお、大分交通では、鉄道線廃止後もターミナル駅の出札口を閉鎖せずに、引き続き代替バスによる国鉄連絡乗車券の発売を行ったケースが他にもあり、豊前四日市駅(豊州線)や豊後高田駅(宇佐参宮線)では硬券も見つかっています。また、元々"鉄道駅"ではなかった"大分交通日田バスターミナル"でも「耶鉄日田駅」の名前で色々な乗車券類(硬券)を発売していた模様です。

※ 余談の続きですが、先日某オークションで偶然、上記軟券と同区間の昭和35年3月発行「宇佐八幡から西屋敷ゆき」3等A型常備連絡券(赤地紋)が出品されているのを見掛けました。西屋敷駅(日豊本線)は昭和45年に無人化されたかなり小さい駅ですので、"常備券"があったとは筆者には意外でした。したがって、かつて宇佐八幡駅にはかなり多種の国鉄連絡券が設備されていたと考えられます。


◆ 参考文献:「国鉄きっぷ全ガイド」(近藤喜代太郎・日本交通公社・1987)/「第三セクター乗車券図録」(関西乗車券研究会・1990)/「きっぷ探求」(関西乗車券研究会) など